あぁ前向きな恋愛がしたい。手をつないでデートしたり、人前でキスなんかしちゃったりするような、そんな初々しくて可愛い恋愛がしたい。
風俗嬢になってから、本気でそう思うようになった。セックスだって大いに気持ち良いのだが、メンタル面でイキたい。あぁ恋愛がしたい。
気持ちだけは前向きな、そんなわたしがつい先日出会ったお客さんの話。
今度飲みにでも行けたらいーね
「あ、ども」
入ってくるなり素っ気なく彼は言った。いかにも今風でモテそうな容姿である。こういった男性は、初回以降あまり店には来ないので、それほどテンションが上がるわけでもない。とはいえ、その場ではなかなかに楽しいので、苦痛な時間ではないのが良いところだろうか。
そそくさとシャワーを浴び、ベッドに寝転ぶ彼。この手の今どきの客は、正直向こうのタイミングである。こちらの接客が相手に響いたとしても、それで指名が貰えるとは限らない。モテない年齢でもないので、他の女性だって周りにいるだろうし、要するに運だ。
そしてどうやら、そのタイミングが彼とは合ったようなのだ。
饒舌ではないながらも、こういうお店に来て若干緊張気味の彼がぽつりぽつりと話し出す。いくら取り繕おうと、こちらを風俗嬢としか見ていない男性は大体わかるものである。彼には、全くと言っていいほどそれが無かった。
「まぁそれなりに相手がいれば落ち着くし、じゃなけりゃ遊んでるね」
年齢的にも見た目的にも結婚していておかしくない。だが、彼はまだフリーだと言う。風俗でなければ…キャバクラ時代なら心が動いているであろう客だった。
もう一つ不思議な事があった。彼は抜きのサービスを一切断り、マッサージだけをわたしにお願いしたのだ。
「今度飲みにでも行けたらいーね」
探り探りにわたしが言う。それは本音だった。彼はクールな表情で、「そーね」と生返事をする。これで終わりかもしれない。そんな関係のハズだった。
越えられない何か
その後、数週間経っての事である。
「みうちゃん、本指名」
まだ入店して間もなく、指名が少なかったわたしは思わずテンションが上がった。そして、ドアを開けてもっとテンションが上がる。この前のお客様だったからだ。
「えーっ!超うれしいんだけどー!えっえっ、なんで来てくれたのー!」
テンションが上がりすぎて一気にまくし立てるわたし。本音だった。わたしは彼に会えて嬉しかったし、確かに会いたいと思っていたのだ。心から。
彼に連絡先を聞かれた。当たり前のように教え、毎日やり取りが続く。他愛もない内容だった。
「おはよ」
挨拶から始まって、仕事だとかご飯の時間だとか、特に盛り上がるわけでもない普通のLINEをしていた。
だが…問題が一つあった。何だか、やり取りをしていても心踊らないのだ。彼は何度か店に来てくれた。店に来てくれれば当然嬉しい。でも、自分から仕事を休んでまで会いたくはない。
おそらく、会ったところでセックスなり何なりするだろう。それほどにモチベーションが持てないのだ。面倒くささが先に立ってしまう。
「いま、店の近くで飲んでるけど来る?」
休みの日にもあまり乗り気でないわたしを見越してか、彼はそうやって誘ってくるようになった。仕事終わりはなんとなく寂しい気分になるのも事実だ。何度か仕事終わりに飲んだ。だが、それだけである。
恋ができない
次第に彼からの連絡を無視するようになり、それほどしつこくもない彼はわたしの気持ちを察して連絡を減らすようになった。ごくごく自然にシャットアウトしていく。
そして、つい先日のことである。
「え、久しぶり!」
ドアを開けると驚いた。彼が立っていたのである。わたしはすっかり売れっ子だった。彼は、あまり変わっていなかった。
確かに素敵だし、確かに来てくれて嬉しい。しかし、彼が求めているような付き合いはわたしにはできない。急にすれ違いと違和感を感じ出してしまったのだ。
「ねぇ、いい?」
マッサージが終わり、彼は聞いてきた。
「え?」
硬くなったソレがわたしの中へ入ってくる。「あぁ…」と吐息が漏れた。慣れてしまった快感がわたしを包み込む。
きっと、彼はもう諦めたのだろう。だからこそ、そうやって割り切って求めてきたのだ。客と言うほど線引きされてもいない、彼氏になるほど特別でもない。それを見越して。
急に冷めた。別に、したくなかったわけではない。いや、むしろ彼としたかったことだってある。しかし、何だかわたしは無力で虚しくて、意味のないセックスをしているような妙な気分になった。
(もう会いたくないなぁ)
ぼんやりと思った。多分わたしは連絡を返さないだろう。店にも来て欲しくはない。おそらく彼も、最後のつもりだろう。案の定、やはり連絡は来なかった。
最後に
あぁ恋がしたい。でも、恋をするにはきっと自分をすり減らすのも厭わないような何かが必要で、今のわたしはあまりに自己完結しすぎているのかもしれない。たまに、相性が合った相手と体を重ねるくらいが何だかちょうど良かった。相手の気持ちを、セックスを受け止め続けられるほど、わたしはキャパシティが無いのだ。
相手の存在を引き出しのどこかにずっと閉まっておくほどに、わたしは広くない。それに気付いたとき、虚しくはあったけれどどこか清々しかった。これがきっとわたしの生き方で、変に恋愛のおままごとをし続けていたあの頃よりよほど楽しいのかもしれない…と。
だが、わたしはやっぱり思うし言い続けるのだ。あぁ恋がしたい。
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