ライター夕花みう
『二度あることは三度ある』
そんな諺が古くからある。だが、常識が通用しない世間の片隅の風俗界では、「二度あることは三度あると思うことなかれ」と、現役嬢の立場からぜひとも主張させて頂きたい。
極めて大人しい、紳士な常連客
延べ10年ほど、かなりのペースで性感エステ店に通っているというその男性。受付でそのように聞き、『どんな風俗好きで変態なお客様が来るのか』と内心ヒヤヒヤしながらドアを開けた。
(…えっ?あれっ?)
そこには、拍子抜けするぐらい爽やかで素敵な男性が立っていたのだ。清潔感もあり、精悍(せいかん)な感じで、イケメンカテゴリーに入る男性だった。
受付で聞いた話とはまるで正反対の印象である。少し戸惑いつつも、自己紹介を始める。
「初めまして、みうです!よろしくお願いします」
「よろしく。じゃ、早速だけどシャワー浴びてくるね」
無駄はないが、冷たい感じもしない。第一印象は良かった。シャワーを浴びてからも、風俗慣れしているような印象は全く受けない。少し人見知りだと言う彼ではあったが、割と話が盛り上がり、彼自身も満足しているようだった。
あえて特筆すべきは、非常にイキにくかった事だろうか。性感エステのサービスに慣れ切ってしまっているのかもしれない。
「女の子とか得意じゃないから、いきなり来て『エッチなことして下さい』って言われても出来ないんだ」
その言葉に納得してしまうほどに、彼は極めて大人しいお客様だった。
えっ、本当にいいの?ありがとう!
彼はいつも笑顔でわたしを出迎えてくれた。時にはお菓子なども用意して、嬉しそうにわたしを待っていてくれる。連絡先を一応交換したのだが、無駄にわたしを遊びに誘ってきたりする事もなく、とても楽なお客様だった。
だが…やはりイキにくい。なかなかイカせることが出来ない。ここまで苦労するのは久しぶりだった。
性感エステ店に来る客は概して早漏が多い。そうでもなければ、手コキでフィニッシュを迎える店で満足することは難しいからだ。初めて来店する客が『合わない』と感じたら、早々に来なくなるケースがままある。
そして何度目かの指名のとき、ついにわたしは一線を越えてしまう。体を許してしまったのだ…。
「えっ、本当にいいの?ありがとう!」
嬉しそうにわたしを抱きしめる彼。生理的に無理なタイプでもなく、彼との時間も苦痛ではなかった。と、その時はそう思っていた。
いいお客様だった。連絡先を交換しても、店外デートに誘ってくることはない。必要最低限の連絡。だが、わたしは徐々に彼との時間が苦痛になっていった…。
「今日も、いい…よね?」
上目使いで聞いてくる。許可を求めてはいるものの、手には開封されたコンドームが握られていた。もうその気なのだ。わたしの意思は無視して、とりあえず聞いているだけという印象だった。
それがあったのも最初の数回。いずれその言葉もなくなり、当然のように彼はマッサージ時間を毎回スキップするようになる。しかも、自分がギンギンに勃った時点ですぐ挿入したがるのだ。当然、わたしはまだ乾いたままである…。
なんなのこの独りよがりなセックス…
わたしはだんだんと苛立ち始めた。乾いたまま挿入されれば、当然痛い。攻めるのが億劫なのだろうか。
だが、男性とて女性が感じていなければ決して気持ち良くはないはずだ。精神的にもそうだし、肉体的にもそうだろう。あまりに一方的で、形だけのセックスだった。
しかし、彼の不思議な点は、それが「面倒くささ」によるものからでもなさそうなことだ。面倒で前戯を省く男性は、なんとなく態度で分かるもの。そのような素振りはないのだ。
でも、こんなセックスで気持ち良いのだろうか。白け切っているものの、一応仕事のことが頭にあるわたしは演技で一通り喘ぐ。彼は勝手に挿入して、勝手に動いて、毎度勝手に果てる。なんだか、彼にウンザリし始めた。
(優しそうで大人しそうに見えるけど、考えてみれば会話も自分の話ばかりだったな…)
次第にわたしは、『予約したよ』との連絡に、『体調が悪いから…』などと返信するようになった。あるときは風邪、あるときは本当にズル休みをし、彼のセックスから逃げようとした。
しかし、なんだかんだで彼とは絶対セックスする羽目になってしまう。こちらが拒否しても、やはり勝手に挿入してくるからだ。
わたしと彼の奇妙な攻防戦は続いた。
『今日出勤したいけど…体調悪くてデキないかも。だから、今日はキャンセルしてくれないかな?』
『体調悪いんだね。わかったよ。逆に心配だから、行くね』
その日、彼は風邪薬と、やっぱりセックスもくれたのだった。
だんだんとわたしは自分にも彼にも嫌気が差し始めた。どうしてこんな独りよがりなセックスをしているのだろう。彼とわたしの距離感は、セックスをすればするほど開いていった。
わたしはやっぱり体を売れない
ある日の事である。
超常連の彼には助けられていたことも多かったのだが、わたしはひとつの決心をした。
(彼を切ろう)
彼とわたしの関係は微妙だった。セックスフレンドのように割り切った雰囲気もないが、他の色客のように熱心に口説いてくるわけでもない。結局、よく分からない関係だった。
『ごめん。わたし、もうセックスしたくない…。さようなら』
たったそれだけ。たったその一行だけをメールで送り、すぐにアドレスを着信拒否した。彼とのたくさんのやり取りがメールボックスに保管されている。スクロールせずとも、画面は埋まっていた。わたしはもともと、客とは連絡を取らないタイプだった。
返事を見るのは怖かった。だから、着信拒否した。反応を知りたくなかった。
嫌いじゃない。でも、決して好きでもない。何もない関係だからこそ、苦しくなった。
デリヘルでナンバーを取っておいて言うことでもないが、わたしはやっぱり体を売れない。こんな虚しさを背負う事には耐え切れないのだ…。
なくならないものに見えるからこそ、もっと高く売りたくなる。なくならないものだからこそ、もっともっとが止まらない。弱いわたしは、そのままでは欲の無限ループに陥って、スルスルと堕ちてしまいそうだった。
最後に
体を売っている女は、やけにつっけんどんであったり、マニュアル的な“地雷女”も多い…。そう思うかもしれない。世間一般でも、風俗嬢はやはり『擦れた女』の烙印を押されてしまっているようだ。
しかし、必ずしもそうではない気がする。きっと、虚しさや寂しさが彼女たちを腐らせていくのだと思う。それに見合った対価として、自分で折り合いと体の値段を付けているのだから…「自業自得」の四語で済まされる以外の何物でもない事も、重々わかってはいるのだが。
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