
ライター夕花みう
これは思い出すのも胸糞の悪い話である。書き出しの言葉が見つからない。随分と色々なことに耐性が付いてきた今ですら、どこかチクリと心が痛まずにこれを語ることはできない。今日するのは、そんな話だ。
こんな幸せな思いをするなら、いい仕事かもしれない
「はじめまして」
少し目を泳がせながら、彼は言った。今風にパーマをかけた、背の低い少しガッチリとした体格の男性だった。
(ラッキー)
当時入店して間もないわたしは、そう思っていた。そこそこにカッコいいイケメンだったからだ。現金な話、仕事とはいえ、やはりイケメンの方が嬉しいものである。
まだデリヘルを始めて数日のわたしと、人見知りらしく少し緊張した彼との繊細な時間。
かわす術も持たないわたしは、当たり前のように本番をした。素股を要求する彼に、慣れない手つきで奉仕していると、ふいに入れられてしまったのだ。
「あっ…」
まだ本番行為を勿体無いとか、そんな風に思うことすらなかった。まるで誰かの家に遊びに行くような感覚だった。どのみち、とうの昔に3桁を切っているし。それほどセックスが嫌いでもなく、お客様を汚いとも思わなかった。
一瞬のためらいの後、快感の波が押し寄せる。
(やっぱり、素股なんかより挿入の方がずっと気持ちいいや…)
彼が果てた。どちらからともなくわたしたちは寄り添う。金でする性行為の何が悪いって?金も愛もないよりは余程マシじゃないか。
初めての本指名は件(くだん)の彼だった。純粋に嬉しかった。
「やったー、また会えた♡」
心から満足して、彼に抱きついた。彼の表情も緩む。なんだか少し幸せだった。
(こんな幸せな思いをするなら、デリヘルだっていい仕事かもしれない)
なんて、浅はかに考えていた。
それほど饒舌でもないが、繊細にわたしを知ろうとしてくれている彼との時間はそこまで苦痛ではなかった。だが、それはまだ予兆に過ぎなかったのだ。
ちょっと会えたら会いたいんだけど。短時間でいいし
彼とわたしは連絡先を交換した。
今さ、たぶん家の近くだよ。笑
そんなLINEが届いた。
(え?家?教えたっけ…)
それほど嫌な人ではないにせよ、少し無気味な感じがして一瞬驚く。
(あぁ、会話の中で、○○の近く…という話をしたんだっけな)
どう答えていいのか考えあぐねていると、またLINEが入った。
ちょっと会えたら会いたいんだけど。短時間でいいし。
時刻は夜の10時だった。さすがに今から会う気にはならず、断りを入れる。
急にごめん。まぁ、気にしないで。
彼はそう言った。たまたま近くで仕事があったから、と。
だがそれは、次の週もその次の週も続いた。少し、薄気味悪くなってきた。
店に行けば、彼は決まった曜日に決まって一番目で予約をしていた。
彼の家に向かう途中、ドライバーさんがポロリと一言こぼす。
「あぁー、彼か。今風の割とカッコいいお客さんだよね?うちの店、かなり長いよ。結構重たいらしいけど。ハマったら相当通うみたいだね。今はちょっと落ち着いたみたいだけど」
その頃、わたしは日記に指名してもらったお礼を書くようになっていた。店の方針で、店長から促されたためだ。
「はい、これ」
段々と彼が痛い意味がわかってきた。わたしが『ケーキをもらった』と書けばケーキを、「チョコをもらった」と言えばチョコを毎回用意するからだ。店外デートにも、前よりも誘われるようになってきていた。
しかも、「自分はマフィアに入っていた」、「覚醒剤で記憶を失くしている」、「自分の生い立ちがわからない」などと支離滅裂なことを毎度言われた。どこかの小説を丸パクリしてきたかのような、そんなありえない話を。毎回毎回、彼の話は少しずつ違っていて、どれもおかしかった。
汚い。汚い。汚い
そしてある日の事だ。
プレイが始まると、いきなり生で挿入してきた。「えっ」と体を捩(よじ)らせるわたし。だが、男性の力に勝てるわけがない。呆気なく捻じ伏せられてしまった。
(何これ。何これ。何これ)
「あぁっ」
快感に男性は顔を歪ませる。
(レイプかよ)
何故か変に冷めたもう一人の自分を見ているような感覚を覚えた。芯から冷たくなるようなそんな感覚。ただただ、わたしは無抵抗に男性を眺めていた。
もっと抵抗すれば、もっと喚(わめ)けば良かった?わたしは弱かった。抵抗して喚いて拒絶したところで、相手の激昂した表情を見るのが怖かったのだ。ただ、その場の雰囲気が崩れる事だけを極端に恐れていた。馬鹿みたい。
そして、ピクリピクリと振動が伝わった。異変に気付く。もしや…。
「出しちゃった…」
「ちょっ!ふざけないでよ!何それ!」
わたしは初めて声を荒げ、泣きそうな顔でその白いドロリとした液を掻きだした。
(汚い。汚い。汚い。あぁあ…)
「だって、体捩らせるから、抜くに抜けなくて」
開口一番に男性は言った。
(言い訳かよ)
(情けない。あぁすっごい情けない。消えてしまいたい。誰が?こんな男性に出されたわたしが)
しばらく放心状態だった。向こうも特に話そうとはしなかった。もう何でも良かった。ただこの時間が過ぎてくれれば良いと思った。
別々にシャワーを浴び、わたしはやっとのことで言う。
「あのさ、アフターピル代、ちょうだい。こうなっちゃったからには、不安だから」
「あぁ」
生返事。タイマーが鳴り、電話が鳴り、わたしは家を出て行く。
彼はピル代をくれなかった。
わたしは産婦人科に行き、アフターピルをもらった旨、さらにその後ちゃんと生理が来たことの報告もした。
既読すら付かなかった。
逆に良かったと思っている。デリヘルを始めたての頃に、彼のような人に出会ったという事を。もしそうでなければ、性欲が強いくせに恋愛で素を出すことが苦手だったわたしには天職に思えて、ズルズルと風俗にハマってしまったかもしれない。酷い話なのかもしれないし、よくある話なのかもしれない。
でもそれだって、どうでもいいことだ。そうやって、どれだけの事を流してきたんだろう。たまに、ふとそう思う今日この頃である。
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