ライター夕花みう
「なぁ、俺のどこが悪かったんだよう。教えてくれよう」
受話器越しに、男性の泣きそうな声が響いていた。
受付で今日の給料を清算しようとしていたわたしは、ギョッと立ち止まる。店長は困惑した様子でうんうん、としきりに頷いていた。
『ちょっと待ってて』
わたしに目配せをしてくる。
「いや、Bさん、悪かったとかそういうわけじゃなくて…たまたま女の子がちょっと入れなかっただけなんですよ…」
「うそだぁ。違うだろぉ。今までこんな事なかったんだ」
「いえいえ、そうは言われましてもね…ちょっと僕仕事があるんで、もうこの辺でいいですか?失礼します」
店長はそう言って強引に電話を切った。ただならぬその様子を見て気になったわたしは、店長に尋ねてみる。
何もそこまで卑屈になる事はないのに…
「何があったんですか?」
「…いや、常連のBさんなんだけどね…さっきの電話」
Bさんはかなりの常連で、ハイペースで店に通い詰めていることは知っていた。店の近くのホテル街で何度か見かけたこともあるからだ。
「Bさんって、ほら、独特な人だろ?指名もしないから、女の子もぐるぐるフリーで回してたんだけどさ。前々から評判が良くなくて。ある女の子から、本格的にクレームってか、本人に直接ダメ出しみたいなのを言ったみたいなんだよね」
そういえば、店長とAちゃんが何か話し込んでいたのを見たような…。Aちゃんは珍しく少し苛立っている様子だった。「普通にしてればいいのに、普通にできないから嫌われるって当たり前のことなのに。なんでそれを『俺がオジサンだから』とか『カッコ良くないから』とか、そういう理由にするのかわかんない」と言っていた。
実はわたしもBさんを接客したことがある。エステがメインである性感マッサージにも関わらず、いきなり全裸でAVを大音量で流し始めたのだ。そして、女の子がドアをノックして入ってきても、「勝手に入って」と言うだけでこちらを見ようともしない。
さっさとシャワーを浴びて、まずマッサージを開始。確かに、彼の話しぶりや行動のひとつひとつにはすごく癖があった。
「俺ってオジサンだからさ」
「オジサンの相手するの嫌でしょ?」
…そういった自虐ネタがひっきりなしに出てくるのだ。
「俺のチンコ汚いでしょ?こんなん触りたくないでしょ?」
…何もそこまで卑屈になる事はないのに…。彼の極度な不安がそうさせるらしいので、わたしは無難な接客をし、そこそこ仲良くなれていたお客様だった。
だが、なんとなく感じていたのだ。彼はとっても不安で自信がない人なのだと。例え1回指名をしたとしても、女の子に本当は好かれているのか嫌われているのかが不安になってしまう。そして、入れ込めば入れ込むほど、それが不安になってどうしようもなくなってしまう人なのだろう…と。人との距離感の縮め方がすごくすごく下手なのだ。ここまで極端な人は初めてだった。
「女の子に好かれないような態度や行動しかできないから、いつもフリーで入ってるし、回せる女の子がいなくなるんだよね。それ言ったら、さっきみたいな感じになっちゃってさ。もうさっきからずっと、『どこがおかしかったのか』、『謝るから』ってうるさいんだよ」
「…うわぁ」
すごい依存具合だ。きっと、Bさんは女の子にも依存できないから店に依存したのだろう。女の子は、いくら仕事とはいえ感情がある。好かれたり嫌われたりする事が、きっとBさんには堪えられないのだ。でも、店なら彼を拒むことはない。そうしてBさんは店に通い続けて、店に依存していったのだ。
ひとりのはけ口
Bさんはすごく寂しい人だった。何かぽっかり穴が開いてしまっているような、そんな人だった。彼はきっと、それをずっと埋めることができていない。多分それは「人と関わりたい欲」とでも言うような、そんなものだ。彼には生身の人間との心が通った付き合いが必要で、それが欲しいけれど、人の気持ちに敏感すぎるゆえに誰とも心を通わせられない。だから、わざと嫌われるような行動や言動をして、嫌われるように仕向けているのだ。そうでないと、自分の周りに人がいない事を納得できないから。
そうして、依存できるものへズルズルと流れて行ったBさんが見つけたのが、たまたまここの性感マッサージ店だったのだろう。他の何かでも良かったのだと思う。例えば、キャバクラとか、ガールズバーとか。でも、もう彼にとってはここの店が全てなのだ。ひとりのはけ口をこの店で埋めようとしてしまったのだから…。
Bさんは今後どうするのだろう。ぼんやりと思う。接客したとき、卑屈ながらも相手を探るような態度を取っていたBさん。人と関わるのがすごく下手で、それでも人に好かれたくて、性感マッサージをよりどころにしてしまったBさん。いつか彼の棘がなくなって、“普通”の女の子や人間関係でその溝を埋められるようになることを願う…いや、願うほどの関係は彼との間にはない。そうなったら、いいね。他人事のようにそう思うのだった。
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