僕にはひとつ年下の彼女がいる。同じ会社に勤める後輩で、名前は恵美と言う。
付き合い始めたのは1年ほど前からで、社内では誰もが知っている公認の仲だった。
付き合って3ヶ月ほど経つ頃には、お互いに結婚を意識するようになった。
それぞれの実家を訪ね、将来結婚することを前提に付き合っていると親に紹介した。
僕たちは幸せいっぱいだったが、それが狂い始めたのは、僕の転勤がきっかけだった。
びっくりさせてやろうと思ったのが間違いだった
今から半年ほど前、僕は東京の本社から関西の工場へ転勤することになった。期間は1年ほどだからすぐ本社に戻れると言われた。
僕は転勤から戻ったら結婚するつもりだと恵美に伝えて、東京をあとにした。
最初は週末には必ず東京に帰って恵美と一緒に過ごしていた。しかし、仕事が忙しくなると土曜日も出勤しなければならず、帰れないことも多かった。
それに、往復の新幹線代も決して安くはない。
2ヶ月目には帰るのが月2回となり、3ヶ月目には月1回になってしまった。
それでもメールは毎日していたし、電話も3日に一度くらいはかけていたから、気持ちのすれ違いはないと思っていた。少なくとも僕のほうは。
先週の土曜日、東京に帰ったときのことだった。いつもは、金曜日の最終で帰ることにしている。そうすれば土日にゆっくり過ごせるからだ。
しかし、このところ土曜出勤が続いて4週間も帰っていなかったので、今週も土曜日は出勤だったが、仕事が終わり次第帰ることにした。
本当のことを言うと、恵美に会いたいというよりセックスがしたかった。転勤前は週2、3回ペースでセックスしていたのに、それができなくなってつらかったのだ。しかも、今月は恵美とは一度も会っていなかった。
仕事は午後3時頃に終わる予定だったが、思ったより早く済んで午後1時には新幹線に乗ることができた。僕は予定より早く帰れることは恵美に知らせなかった。
びっくりさせてやろうと思ってそうしたのだが、これが間違いだった。
恵美の驚いた顔はとてもかわいい。僕は目をまんまるくして驚く彼女の顔を想像しながら、飛ぶように流れる外の景色を見ていた。
東京駅から山手線と私鉄を乗り継いで、恵美の住むマンションに着いたのは午後5時半頃だった。僕は両手にワインと恵美が好きなマロンケーキを抱えていた。部屋には電気がついている。
僕は恵美を驚かせようと、合鍵でドアを開けて中に入った。
だがそこで僕が見たものは、ベッドの上でTシャツだけ着た下半身裸の男と、その男に組み敷かれた全裸の恵美の姿だった。
とっさに恵美から体を離した男の股間には、コンドームを被せたペニスが見えていた。たった今、恵美の体から出たばかりのそれは濡れて光っていた。
驚いた僕は反射的に部屋を飛び出していた。
おい、彼氏に時間守れって言ってやれ
(何がなんだか分からない。どういうこと?あれは確かに恵美だったよね。あの男は誰?)
男が着ていたTシャツ。あれは恵美と2人でお台場で買ったもので、色違いのSサイズを恵美も持っている。ペアで買いたかったけれど、着て歩くのに恥ずかしいと言うので色違いにした。
恵美の部屋を出てきたものの、どこに行くあてもない。僕は今夜泊まる所さえ無いのだ。
駅に向かって歩いていると携帯が鳴った。
「あの、私だけど」
「どういうこと、あれ誰?」
「帰ってくるの7時過ぎって言わなかった?」
「言ったよ。だけど仕事が早く終わった」
「だったらどうして教えてくれなかったの?」
「はー。教えたらあいつを早く帰したのにってそういうことか」
「ちがう、ちがう、そうじゃないよ」
「どう違うんだ!」
恵美は泣いていた。
そのとき、電話の向こうで声がした。
「おい、彼氏が来るのは7時過ぎって言ったろ、時間守れって言ってやれ」
男はまだいた。しかもおかしなことを言っている。まともな奴じゃない。
「おい、ちょっと代われ」
そう言って男が電話に出た。
「彼氏さんどうもこんにちは」
「どういうつもりなんだ、俺と恵美は」
「知ってますよ、婚約してるんでしょ。ハハハ、だから何だっつうの」
そこで電話が切れた。
とにかくまともでないことは分かった。
(なんで恵美があんな男と。で、どうすればいい?)
僕にはどうしていいか分からなかった。こんなこと初めてだし、相手は常識が通用しない人間だ。
(とにかく今夜泊まるところを決めなければ)
僕は駅前のビジネスホテルに部屋を取った。
部屋に入って荷物を置いたらまた携帯が鳴った。
「今どこ?」
「駅前のビジネスホテル」
僕はホテルの名前を言った。
「今日会えない?」
「いいけど、あいつは帰ったの?」
「…シャワー浴びてる」
恵美の部屋を出て40分以上経っていた。この40分に何があったか想像がつくからつらい。
「あとで行くから、部屋番号教えて」
部屋番号を伝えると電話は切れた。
いつのまにか、平気で嘘をつく女になっていた
恵美はそれから1時間以上経っても来なかった。狭い部屋にいると悪いことばかり考えてしまう。
ロビーのラウンジでビールを飲んでいると、黒いワゴン車がホテルの前に停まった。
車から降りてきたのは恵美だった。運転席の男が恵美を呼び止め、彼女は「なに?」という感じで運転席まで戻った。
すると窓から顔を出した男が恵美にキスをした。恵美は嫌がる様子もなく、10秒くらいそのままキスしていた。
僕は飛び出して行こうかと思ったが、いま頃そんなことしたって何にもならない。
恵美はここに来るまでに何度もあの男とセックスしただろうし、キスなんて数えられないほどしたに違いない。
恵美は運転席の男に小さく手を振って遠ざかるワゴン車を見送った。知らない人が見たら、女の子が彼氏に送ってもらったのだと思うだろう。
暗くてよく見えなかったが、運転していたのはあの男に違いない。恵美はラウンジにいる僕の前を素通りしてエレベーターホールに向かった。
僕は次のエレベーターに乗って部屋に向かった。ドアの前に恵美が立っていた。
恵美は僕を見るとうれしそうに駆け寄った。
デートのとき、待ち合わせ場所で僕を見つけたときと同じ笑顔だ。ワゴン車の男を見送ったときもきっと同じ笑顔を見せたに違いない。そう思うと僕は心が痛んだ。
「よかったー、どこかに行っちゃったかと思った」
目の前に立っている婚約者の恵美は、さっきまで知らない男に抱かれていたんだ。僕には恵美までのたった1メートルの距離がものすごく遠くに感じられた。
「遅かったじゃないか。あれから1時間以上経ってる」
「ごめんなさい、すぐ出たんだけどバスがなかなか来なくて」
「バスを待っていたのか」
「うん」
いつのまにか、恵美は僕に平気で嘘をつく女になっていた。
おそらく恵美はあの電話の後、また男とセックスしたに違いない。彼女のほうから積極的に抱かれたのではないとしても結果は変わらない。
婚約者がいると知っていても平気で恵美を抱くような男に自由にされたんだ。
僕はコンドームを被せたペニスを思い出していた。いつも避妊していたのだろうか。もし浮気が発覚しなかったら、恵美はあの男との関係を続けていたに違いない。
僕は避妊しないでセックスすることがあった。恵美とは結婚するつもりだから、できたらできたでいいと思っていた。
だが、あの男との関係を続けながら妊娠したら、恵美はどうするつもりだったのか。
子供ができたと言って喜び、僕に妊娠を報告したのではないか。もしかすると僕の子供ではないかもしれないのに。
2人でベッドに並んで腰掛けたが、何を話していいか分からない。それでいて、お互い頭の中はフル回転していた。
僕は恵美のほうから口を開くのを待つことにした。
「怒ってるみたいね」
1分くらい経って、ようやく恵美が口を開いた。
「当たり前だろ」
僕は無性に腹が立っていた。ワゴン車の男とのキスシーンがフラッシュバックする。
「どういうことか説明してくれよ」
「何言ってももうだめだよね。あなたは許してくれない」
恵美は顔を両手で覆って泣き出した。
「俺は一応婚約者だから、どういうことか聞く権利はあるはずだ」
「一応だなんて。あなたはちゃんとした婚約者よ」
「いいや違うね。どこかの男が、婚約者の俺にしか許されないはずのことをしていた!」
最後は大きな声を出していた。
「そんな言い方ひどい!」
「ひどいのはどっちだ!」
「そうよね、ごめんなさい。私が泣き止むまで待って。ちゃんと説明するから」
妙な提案だったが、僕は彼女が泣き止むのを待つことにした。
浮気していたということだけは、紛れもない事実
やがて泣き止んだ恵美が少しずつ話し始めた。
あの男とは出会い系サイトで知り合ったらしい。僕と遠距離になって寂しかった恵美は、友人が教えてくれたYYCにアクセスするようになった。
最初は単なる暇つぶしで、メールするだけで会うつもりはなかったらしい。
そんな中、あの男とメールのやり取りをするようになった。
男に写メで画像を送ってくれと言われたが、
「顔なんか見せられない」
と拒否すると、
「じゃあ手だけでもいいから」
と言ってきた。
それも断ったがしつこく言うので、手の画像くらいならと、男の携帯メールに自分の手の写メを撮って送ったらしい。
これで恵美のメールアドレスが男にゲットされてしまった。
あとはメールアドレスをネットで検索すれば、恵美がブログや掲示板などに書き込んだ情報が全部出てくる。
その情報を繋ぎ合わせて、恵美の勤め先やプライベートなことまで男に知られてしまったらしい。
僕も恵美と同じブログや掲示板に書き込みしていたから、僕が婚約者であることも、僕のメールアドレスも知られてしまった。
恵美は出会い系をやっていることを僕にバラすと脅されて、会わざるをえなくなったらしい。
会ったら会ったで、こうやって出会い系で何人もの男と会っていると僕にバラすと脅されたようだ。
最後は男に部屋までついて来られて、ドアの前で騒ぐので仕方なく部屋に入れたら、強引にセックスされてしまったというのが恵美の話の内容だった。
もちろん、どこまで本当か分からない。男に聞いたらまるで違うことを言うかもしれない。
ただひとつ、恵美が浮気していたということだけは、紛れもない事実だった。
恵美は男と別れて僕とやり直したいと言った。僕もできればそうしたい。こうなった今でも恵美のことが好きだった。僕は恵美を押し倒したい衝動をかろうじて押さえていた。
こうしている今も、恵美とキスしたときの唇の感触、乳房の柔らかさ、愛撫したときの恵美の喘ぎ声と表情、性器に挿入したときの気持ち良さと恵美の反応、これらのすべてのものが鮮明によみがえってくる。
どれもみんな僕だけのものだった。そして、恵美と会えば必ずこれを味わうことができた。少なくとも1ヶ月前までは。だが今はそうではなかった。
僕は恵美との幸せな日々を壊したくなかった。知らなければ良かったんだ。恵美も浮気を隠し通しただろう。それで僕たちはこれまで通りうまくいったはずなのだ。
転勤が終われば恵美にプロポーズして結婚する。僕たちには幸せな新婚生活が約束されていた。
こんなことになるくらいなら、予定より早く着くと電話すれば良かったとさえ思い始めていた。
そうすればこんなホテルに泊まる必要もなかった。ドアを開けた途端、恵美は熱いキスで出迎えてくれて、ワインとケーキで1ヶ月ぶりの再会を祝って好きなだけ恵美とセックスできたのに。
その直前まで男がいたなんて僕が気がつくはずもない。恵美は上手に男の痕跡を消しただろう。たぶん1ヶ月前に恵美と会ったときもそうだったに違いない。
ドアを開けた僕は、恵美が直前まで別の男のペニスを舐めていたとも知らずに熱いキスをしてしまった。
あの日恵美が電気をつけるのを嫌がったのも、僕が一緒にシャワーを浴びようとすると慌てて出て行ったのも、今ならすべて理由が分かる。
男と激しくセックスしたあとだ。体のどこかに普通ならできないような傷があるかもしれない。
恵美が鏡で見ても分からない場所で、僕なら簡単に見える場所に。恵美はそれを恐れていたんだ。
恵美は今夜は絶対帰らないと言い出した。帰れ帰らないでしばらく押し問答になった。恵美は必死だった。ここで帰ったら僕とは終わりになる。
僕は恵美に押し切られる形で泊まることを承諾した。部屋はシングルだからベッドはひとつしかない。
恵美と会うのは1ヶ月ぶりだからセックスしたくてたまらない。おまけに、セックスしまくるつもりだったから何日もオナニーしないでやってきた。
恵美はそれを見透かして泊まると言っているのだ。もし今夜恵美を抱けば、あとはグズグズになってしまうのは目に見えている。
恵美は部屋の隅でバッグを開けて中身を出している。パジャマや化粧落としなどだ。恵美は最初から泊まるつもりで来ていた。どこまでもぬかりのない女だ。これが僕にとって一番長い夜の始まりだった。
駄目だこの女・・・早くなんとかしないと・・・
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