時は遡ること4ヶ月前、僕は池袋の街で1人の女性に声をかけられた。
こんな街中で見ず知らずの女性に話しかけられるなんて事は滅多に無い。
かつて小学生の頃、オヤジと2人で歩いている時に突然「祈らせてください」と言って頭を下げられて以来だ。
その時はあまりに一生懸命その女性が祈るので、2人とも怖くなって忍び足でこっそりその場を退散したのだが、後から「あの人はどっちに祈りを捧げていたのか」でオヤジと一悶着したりもした。
今回もその手の人かと訝しげに様子を窺ってみると、とりあえず祈りを捧げようとする様子は無い。それに、よく見ると可愛らしい顔をしていた。
思わずゴクリと喉を鳴らす僕。
まさか、これがチマタで噂の逆ナン!?
苦節24年の人生の中で初めての体験、母さん、今僕に春が訪れようとしています。
桜舞い散る中に忘れた記憶と、君の声が戻ってきそうな、そんな季節の訪れを感じます。
ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど…
こんなコが一緒なら、僕はどこへでも行ける。
まずはお台場から始まって、ディズニーランドのシンデレラ城。
何ならそこらへんのお城風の建物で一泊、もとい一発でもいい。
やることはどっちも一緒だけどな。
そして何でも買ってあげよう。
誕生日プレゼントとか、けっこう豪勢に贈る。
アクセサリーとかも奮発する。
彼女が「欲しい」と言ってくれれば、宝石だってあげちゃう。
こんな感じの妄想をしつつ、ちょうどそのコと3回目の誕生日を共に過ごしたところでハッと我に返った。
その間およそ0.5秒、ようやく僕は彼女に向かってこう言った。
「何か?」
たぶん眉間にシワが3本くらい入っていたと思う。
これまでの人生で3本の指に入るくらいのダンディズムでもってそう言えたと自負している。
ちなみに第1位は、小学校の時に熱を出して近所の小児科で看護婦さんに浣腸された時だ。
すると、その女性はこんなことを言った。
「ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど…」
あれか、道か?道を聞くのか?道を聞くフリしてアレなのか?
何でも聞いてください、何なら携帯でも教えますよ。
むしろ今なら60万くらい入った口座の暗証暗号もセットでお求めやすくなっておりますよ。
さぁ!
さぁ!
「宝石って、興味ありますか?」
キタコレ!宝石!
「今この石がアツイ!ランキング(anan調べ)」で尿路結石を抑えての第1位と言えばもちろんこれ、宝石だ!
先ほども申し上げたように、何なら宝石でも買ってあげますよ。
こっそり誕生石とか調べてプレゼントしますよ。
宝石、興味あるなぁ!
ほ、ほうせき!?
あ、あぁっ、そんな目で見ないでくれ…!
宝石っていうとあれですか、「ダイヤモンドは永遠の輝き」とか言うあれですか。
1月がガーネット、2月がアメジストとかいうあれですか。
ポケモンルビーとサファイアのあれですか。「金・銀・パールプレゼント♪」のあれですか。
「今ワタシ宝石のお店で働いててぇ、アンケート取ってるんですよ」
うわぁ…これって、あれじゃないか。
悪徳なんたらっていうやつじゃないか。
簡単なアンケートに答えて、「じゃあちょっとそこのお店に」とか言われて付いて行くと、もれなく竹内力みたいな人がワサワサ出てくるって噂のあれじゃないか。
「アンケート、答えてもらえませんか…?」
怪しい、怪しすぎる。
何が飛び出てくるか分からない、博多花丸のモノマネのようだ…!
あ、あぁっ、そんな目で見ないでくれ…!
僕「はい、いいですよ」
(うわぁ)
このとき自分の中でおよそ5種類くらいの「うわぁ」がこだましたわけだが、元来僕はこういった類のお願いを断りきれないタイプの人間で、今回も女性が可愛いということもあって渋々了承してしまったのだ。
が、僕も全くの世間知らずというわけではない。
もちろんこれが、世に言う『デート商法』であるのは百も承知。
だって、宝石屋の女性に話しかけられるなんて怪しいじゃないか。
払いきれないほどの額で売りつけられそうじゃないか。
ニコニコしながらローンとか組まされそうじゃないか、力に。
だから、最新の注意を払って言葉を選んで彼女のアンケートに答えようとしたのだ。
「ワタシ、東京ってもっと変なところかと思ってましたよぉ」
「そんなことねぇって!普通だって!」
「いつもは何してるんですか?」
「けっこう池袋に遊びに来たりしますよ」
何盛り上がってんだ俺ー!
こんなところで「いつでも誰とでもトークを盛り上げる」のトーク魂に火が付いてしまった僕は、気付けば彼女が北海道出身だということ、弟が今年受験だということ、合コンを1回もしたことが無いということまで教えてもらっていた。
じゃあ、今夜電話しますね
池袋の街角に立ち、話をすることおよそ1時間。
「じゃあここに連絡先書いてください!」
きちゃった、きちゃったよコレ。
こんなに楽しくない連絡先の渡し方は初めてだよ。
まだスピード違反で捕まって連絡先書かされた時の方が楽しかった。
が、ここさえ乗り切れば可愛い女の子と無難なトーク(3割方宝石の話)をして、割と楽しくお別れすることが出来そうだ。
むしろ宝石の話とか滅多にしない分、得した気分になれるかも。
まぁ、適当な番号とアドレスを書いておけば大丈夫だろう。
「書いてくれたらぁ、今すぐこの携帯から電話するんで、登録してくださいね」
し…進退ここに窮まれり…。
まさに前門の虎、後門の狼。
ここで連絡先を教えようものなら、後から怒涛のごとくお誘いがかかり、ついつい誘いに乗って行ってしまえば、待ち受けるのは女性ではなく竹内力。
「宝石」と書いて「任侠」と読みそうなものばかり取り揃えてそう。
契約の判子の変わりに杯とか出てきそう。
出来れば今すぐその場から逃げ出したかった、僕は。
走り去りたかった、「ランナウェイ とても好きさ(ランアウェイッフー)」とシャネルズのランナウェイを口ずさみながら。
待て待て、これはむしろチャンスなんじゃないか。
一般人(主に男)には末恐ろしくもあるデート商法だが、僕的にはこの上ない記事のネタ…!
引っかかったフリをしてデート商法の実態を暴く、社会派な話が出来るかもしれない。
「はい、これ携帯番号です」
さらっと合コンで番号交換でもするかのごとく連絡先を教えた僕。
すると彼女が早速それを見て携帯片手にピッポッパ。
『ブブブブブブ…』
うわぁ…ブルってるよ、ブルってるよ僕の携帯…!
申し訳ないけど携帯だけじゃなくて足とかもブルってそうだよ、これからの事を考えると。
「じゃあ、今夜電話しますね」
(こ、今夜か…)
そう言って立ち去って行った彼女の姿を眺めながら、僕はこっそり呟いた。
「本当に大丈夫かなぁ…」
僕だって一方的に悩みをぶつけてみてもいいんじゃないか
帰宅し、風呂に入ってさぁ眠ろうかという時に携帯の着信音が鳴り響いた。
(こんな時間にいったい誰だ?)
突然の着信に訝しく思いながら、相手の名前も確かめずに通話ボタンを押すと、スピーカー特有の音質に包まれた女性の声が聞こえた。
「もっしもーし、こんばんはー」
夜の静けさにはおよそ不釣合いなその甲高い声は、否応なしに僕をイラつかせる。
「わたしぃ、●●(会社名)の高橋といいます」
何やら聞き覚えのある会社の名前に考えを巡らすこと数秒。
そう、池袋の街中で声をかけてきた女性が言っていた会社名だ。
好奇心から教えてしまった僕の携帯電話の番号が、高橋という女性に伝えられたようだ。
こうして僕は、デート商法の魔の手と対峙することになった。
高橋「今、●●では宝石をオススメしてるんですけどぉ」
ほらきた、また宝石か、何が楽しくて深夜12時過ぎてから宝石の話をしなければならないのだ。
そもそも宝石など買っても渡す相手がいない。
(…相手?)
そのとき僕は閃いた。
そっちが一方的に電話をかけてきて宝石を押し付けようとするのなら、僕だって一方的に悩みをぶつけてみてもいいんじゃないかと。
僕「宝石、いいと思うんですけど、渡す相手がいないんですよ」
高橋「そうなんですかぁ。でも、今買って渡す人ができてから渡してもいいと思いますよ」
おもむろに恋愛相談を持ちかける僕と、あくまでも宝石を買わせようとする高橋。
交錯する想い、交わらない論点。
時計の針は1時を指そうかという宵の頃。
男と女、オスとメス、2匹の霊長類の思惑が弾けて混ざる!(古舘風)
僕「どうやったら彼女ってできるんですかねぇ?」
高橋「やっぱり身だしなみに気を使うところからじゃないですかぁ?」
僕「なるほど」
高橋「例えばぁ、宝石とか身に付けたりして――」
あくまで宝石、どこまで行っても宝石。
さすが宝石の押し売りを専門とする女性、下手したら乳首がルビーで出来てるかもしれん。
あの、すいません私そろそろ…
僕「そうすかー。じゃあ、高橋さんはどういったタイプの男性が好みですか?」
高橋「わたしですかぁ?わたしはぁ、やっぱりおしゃれな人がいいかな、指輪とかつけて」
あくまで自分の路線に話題を持っていこうと必死の高橋だが、そんなことがいつまでも続くと思ったら大間違いだよ。
僕「おしゃれな人が好みですか?ちなみに僕は胸の大きな女性が好みです」
高橋「え、は?胸ですか?」
突然の僕のカミングアウトに言葉を失う高橋。
それもそのはず、これがもし逆の立場だったとして、僕が宝石を勧めている最中に突然女性が「ち●この大きな男性が好みです」とか言い出したら、相手の頭を疑う。
「男根至上主義、恐るべし!」とか言ってちょっと興奮するけど。
僕「はい、胸です。Dカップくらいが一番オススメなんですけど、EとかFも、見てみたいなぁ!」
高橋「そ、そうなんですかぁ…」
こうなったらもうやめられない止まらない。
さっき飲んだビールのほろ酔い気分も僕を増長させる。
どうせ会ったこともない、そしてこの先会うこともない相手だ。
しかもここで嫌われておけば、今後電話がかかってくることは無いだろう。
自分の欲望を曝け出せばそうなることは自明の理。
まさに一石二鳥、エビで鯛を釣る、嬉しい、楽しい、大好き!
僕「やっぱり宝石もそうだけど、大きい方がいいじゃないですか!物質至上主義って言うのかな。宝石も胸も、女性を目立たせるためのアイテムじゃないですかやっぱり」
高橋「え、あっ、そう宝石…」
宝石と聞いて黙っていない高橋。
が、相手に取り付く島など与えるはずもない。
僕「だからもう高橋さんも宝石なんて売るのやめて、今すぐバストアップに励むべきだと思うんですけど、どうですかね?」
高橋「はぁ…バストアップですか…」
僕「カボチャとかいいらしいですよ。ちなみに高橋さんは何カップですか!?」
高橋「あの、すいません私そろそろ…」
僕「いや、この際カラット単位でもいいから!何カラット?宝石的に考えて何カラット?」
高橋「いや、あのカラットとかあんまり…」
僕「どうなの?そこんとこどうなの!?」
高橋「夜分遅くに失礼しました!」
『ガチャッ、ツーツーツー』
僕「ふう…いい仕事した!」
久々にこう、何て言うのだろうか、やり遂げた感でいっぱいだった。
こうして僕は見事悪徳デート商法を撃退することに成功し、この日は今までに無いくらい安らかな眠りを楽しむことが出来た。
それにしても、宝石を売っているにも関わらず、カラット単位に不得手なのはありえない。
『1カラット=0.2グラム』で、平均的な胸の重量が300グラム前後だと考えれば、大体1,000~2,000カラット程度だということはすぐに分かるだろう。
宝石商としてほんとありえない。
僕が携帯番号を教えた本当の理由、それはやはり可愛い女の子の連絡先をゲットしたかったから。
この性欲に基づく願望に他ならないわけで。
こんな事からもし本当に恋が始まったとしても、それは決して誠の恋ではないのだろう。
皆さんもデート商法には気を付けて。
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