4月28日の晩、僕は仕事を終え、京都の西大路から大阪に帰ろうとしていた。
コンビニでコーヒーを買って、車を発進させようとした時だ。
黒いコートに身を包んだ小柄な女性が、メガネにマスクの風貌で車に近づいてきた。
顔はほとんど分からない。
(ムムムッ、なんやなんや?)
そして、「コンコン」とウィンドウを叩いてきた。
ウィンドウを開ける。
「すいません、この車って大阪方面に行きますか?」
僕はちょっと驚いた。
(このご時世にヒッチハイク???しかも駅そこやのに)
「はいっ、行きますけど…」
「すいません、乗せてもらってもいいですか?」
(キターッ!やっぱヒッチハイクやんけ!)
「あっ…はいっ、別にいいですけど」
僕は彼女を大阪まで乗せることにした。
最初は暗くてよく分からなかったが、彼女の髪は2、3日風呂に入っていないのか、ナチュラルワックスっぽい感じでベチャっとしていた。
そしてもう1つ、彼女が持っている荷物なんだが…めちゃめちゃ重かった。
(なんやこれっ、めちゃめちゃ重いやないか!何入ってるねん)
こうして、後部座席に異常な重さの荷物を、助手席にナチュラルワックスメガネマスク女子を乗せ、恐怖のドライブが始まった。
お金無いんで…
彼女を助手席に乗せ、名神高速に入って大阪を目指す。
車内で少し話してみて分かったことがある。
年齢は28歳、富山からヒッチハイクで京都まで来ており、長崎を目指しているとのこと。
(富山から京都までヒッチハイクでよう来れたなあ~、んでまた長崎って!遠っ!)
目的は聞かなかった。あまり踏み込むのは失礼かと思ったからだ。
髪もナチュラルワックスだったし、お金も無さそうだったので少し晩御飯のことが気になった。
「あの~ちなみに今日って晩御飯何食べはったんですか~?」
「マシュマロです」
「え~っ!!!マシュマロ~、マシュマロだけですかっ!!!」
(晩御飯マシュマロって…初めて聞いたわ。そんなんで大丈夫?って大丈夫ちゃうやろ~)
「お金無いんで…」
「ちなみに今の所持金は?」
「62円です…」
(切手ぐらい買える?!って冗談言ってる場合じゃない。そら、風呂も行かれへんし晩御飯もマシュマロになるわな~)
僕はヒッチハイク女が可哀想になり、ここで会ったのも何かの縁、晩御飯くらい食べてもらおうと思った。
「あの~、長崎まで行きはるんでしょ。マシュマロでは体力持ちませんよ。ここで会ったのもご縁ですし、晩御飯ぐらいご馳走しますわ!」
僕の精一杯の提案に対して、ヒッチハイク女は驚くべき返答をしてきた。
私、このマスク取れないんです!
「ありがとうございます。お気持ちは嬉しいんですが、お断りさせて頂きます」
「いやいや、遠慮せんといて下さいね~。マシュマロしか食べてはらへんしお腹も減ってはるでしょ?」
「はい、お腹は空いてるんですが…」
正直だ。
(えっ、なになに?なんせ晩御飯マシュマロやもんな、腹ぺこやろ)
次のヒッチハイク女の言葉に僕は動揺した。
「やっぱりお断りさせて頂きます。私、このマスク取れないんです!」
(なぬ~~~~っ!なんなんマスク取られへんってどういうこと???)
「えっ…マスク取れないんですか…?」
「はい」
(何、この展開?マスクの下どないなってるねん。まさか…穴子さんみたいにめちゃめちゃたらこ唇とか…それか口裂け女とか…)
(いやいや、なんやろ?実はマスクを取ったらすごい美人で、ここに来るまでのヒッチハイクでややこしいことがあったから顔を見せたくないのかな?)
僕はヒッチハイク女に静かに話した。
「あの~、僕、あなたの顔を見たからって態度とか変わりませんよ」
極力安心してもらえるようなトーンで、笑顔で。
「ありがとうございます。優しいんですね。でも、やっぱりマスクは取れないです」
きっとヒッチハイク女は、たらこ唇か口裂け女なんだろう。
高速を降りて、天王寺へ向かう。
ヒッチハイク女との別れの時間が近づいてきた。
クソ重いなぁこの荷物
マスクを取らないヒッチハイク女を乗せ、車は天王寺に着いた。
大阪で3番目の都市だ。
ここなら、次に乗せてくれる人を見つけやすいかもしれない。
「晩御飯ご一緒はもう仕方ないですけど、お腹は減ってはるでしょ。コンビニで弁当とジュース買いますんで、僕と別れた後で食べてくださいね!」
「ありがとうございます」
(ここは食べるんかい!よっぽどマスク取るん嫌なんやな…まあ、さすがにこのままバイバイは申し訳ないもんな)
僕はヒッチハイク女が選んだコンビニ弁当とジュースを買ってあげ、更に2,000円を彼女に渡した。
2,000円くらいで、彼女の長崎までのヒッチハイクが成功するかは分からないが、銭湯くらいは行けるかもしれないと思った。
むしろ風呂くらいは入ってほしい。女性だし。
「こんなに頂いていいんですか?」
「いいよいいよ、すいませんね~少なくて。なんかの足しにはなると思うんで」
ヒッチハイク女は僕の好意をしっかり受けてくれた。
ほんとに遠慮の無い女性だ。
まあ、遠慮してたらヒッチハイクなんて出来ないだろう。
「ここでお別れですけど、大丈夫ですか?ほんとは泊めてあげてもええねんけど、うち嫁とかいるんで…」
「いえいえ、ここまでして頂いて感謝してます。あとはなんとかしますので」
「あの~、そこに交番もありますし、きっと富山の親御さんも心配していらっしゃると思うんで…」
そこで、ふと思った。
(ひょっとしたらヒッチハイク女は富山の超お金持ちの娘さんかもしれない!それにマスクを取ったらすごい美人で、数ヶ月先にはビックリするような綺麗な姿で俺の前に現れるかもしれない。連絡先だけ渡しておこう)
「あの~これ僕の連絡先です。途中、ほんまになんかあったら連絡下さいね」
僕は名刺を渡した。
名刺には僕の携帯番号も載っている。
男はあらゆる状況においても、可能性にかける生き物なのだ!
後部座席の荷物を降ろす。
(クソ重いなぁこの荷物、コロコロで良かったなぁ)
「これめちゃめちゃ重いですね~」
「…」
こうして、ヒッチハイク女との奇妙な旅は終わった。
彼女と別れ、車を走らせて5分後に携帯が鳴った。
人でも入ってたんちゃうか?
時計は0時を回っていた。
(誰々~?まさかヒッチハイク女ちゃうんかい?)
杞憂だった。
男友達からの電話だ。
僕はヒッチハイク女を車に乗せるという人生初の体験をして、少しハイテンションになっていた。
そしてその友達に、ついさっきまで一緒に居たヒッチハイク女のことを興奮気味に話した。
すると、友達は冷静に諭すようにこう返してきた。
「何も無くて良かったなあ…そんなん迂闊に乗せたらあかんで!もし、そのヒッチハイク女が実は自殺願望者で、1人で逝くのは嫌やからって相手探してたらどうすんの?」
(確かに、言われてみればそんなこともないわけではないなぁ…)
「高速で運転中に助手席からナイフかなんかで脇腹刺すだけでええやん。それかハンドルを『ガッ』て20センチ回されるだけでも終わりやで!」
(ほんま高速でそんなんされたら終わりやなぁ…)
結果として友達が言うような事は無かったわけだが…想像してみると背中に冷や汗が流れた。
ゾッとした。
友達は続けて話す。
「マスク取らへんってどういうことなん?めちゃめちゃ怪しいやん、その女!顔見せられへんようなことしてるんちゃうの?おかしいでそれ!」
「顔見せられへんようなことか…」
僕はそこでハッとした。
今まで、ヒッチハイク女がマスクを取らない理由を深く考えていなかった。
たらこ唇でも口裂け女でもない。
見せられないようなことをしてきた!?
「怪しいだらけの女やけど、他に変やったとこないの?」
「…せや…ヒッチハイク女、荷物あってんけどなあ…異常にその荷物重かったんや…」
「はははっ、そうなんや~人でも入ってたんちゃうか?」
男友達は冗談っぽく話した。
「っで、どれくらいの重さやったんよ?その荷物」
「…せやなあ、小柄な男性1人くらいの重さやったわ…」
結局、ヒッチハイク女の正体は謎のままだ。
ちゃっかり連絡先を渡してあれから3日経つが…彼女からの連絡は一切無い。
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