
読者投稿40代後半の女性
翌日、朝から出勤させてもらうことにした私は、約10年ぶりに朝の仕事のためにメイクをし、広島行きの電車に飛び乗った。
勤務は余裕を見て10:30から。
(10:00にお店に着いたらもう一度メイクを見直したい)
そう思っていた。
実際にはそうはいかなかった。
昨日、帰り道はすんなり覚えたのに、どこを曲がればいいのか覚えてない。
唯一覚えてるのは、すぐ近くに夜の蝶のドレスショップがあったことくらい。
(お店からまっすぐ電車通りに出られたのに…)
電停からすぐ近くの角を曲がったことは覚えていた。
『確かここだったはず』と角を曲がってまっすぐ歩く。
でもドレスショップは見当たらない。私はパニクった。早くしないと遅刻してしまう。
1本違う道に行き、どうにか10:30ちょうどにお店に着いた。
昨日のあのドアを必死で探し、事務所に「おはようございます!遅くなりました」と駆け込む。
ちょうどオーナーがいて、「千秋さんちょっと」と私を呼ぶ。
「女の子はこのドアじゃなくて、こちらの自動ドアから入ってくださいね」
外に出ると、薄くて白いプラスチックのパネルが目隠しのように立っていた。
仕事柄の配慮なのだろう。
初めての仕事を待ち受けるべく、私は改めて事務所に向かった。
事務所に入り、まずは待機用のブースを決める。
図面を見て、入り口が見える隅っこの13番が気に入ったので、そこに決めた。
それ以来先客がいない限り、私は13番ブースに入ることになった。
あの棚にあったミニバッグを渡される。
中には小分けされたイソジンうがい薬とローションが入っていた。
バッグは年季が入っていて、縫い目が少しほつれていた。
「イソジンやローションを無くすと1,000円、バッグを無くすと2,000円賠償してもらいます」
商売道具だもの、ごもっとも。
他に小冊子も入っていた。
広島のデリヘル紹介誌で、お客さんに配るように言われた。
ブースに案内され、13番の札を立てた。
テレビと携帯充電器と電話がある1畳のスペースが私のお城だ。
ソファーがあり、「待機中はそこで寝ていてもいいですよ」とブランケットの場所も教えられた。
漫画女性雑誌もあり、ちょっとした漫画喫茶みたいだった。
ブランケットを1枚取ってブースに戻ると、私は携帯を取り出して「写メ日記」を開いた。
お店に在籍している女の子は、写メ日記で自分をアピールできると聞いて、採用が決まってからすぐに、緒方オーナーにIDとパスワードの発行をお願いしていたのだ。
今日IDとパスワードを発行してもらえたので、早速日記を更新する。
『皆さん初めまして。人妻の花園に入店しました千秋です。わからないことばかりですが、よろしくお願いします』
写メは自分の首から胸を撮って載せた、もちろん着衣で。
(綺麗に見えるかな…)
緊張しながら写メを載せた。
私は本当は40代。お店の指示で「30代」になった。そしてバツイチなのに、人妻になった。
『話を合わせるのがたいへんだな』と、テレクラのサクラをしていた頃を思い出した。
昨日買ってきて用意した手書きの名刺を取り出した。
メイクの見直しをして、名刺数枚を化粧ポーチに潜り込ませた。
お客さんにひとこと書けるように、カラーペンも用意した。
テレビを見る気にはなれなくて、携帯を見て過ごしていると突然ブースの電話が鳴った。
遂に来た。怖くて取れない。でも意を決して受話器を取る。
「はい」
「千秋さんお仕事ですぅ。外に出て待っててくださいね」
「ありがとうございます」
自分のお財布とお仕事用のお財布、カラーペンと化粧ポーチが入ったバッグと、お仕事用のバッグを持って自動ドアから外に出る。
しばらくすると、シルバーのワンボックスカーが静かに停まった。
「千秋です。よろしくお願いします」
「千秋さんデリランドフリー40分、ジュピター201ね」
「デリランド…フリー…ですか?」
実は、お店は人妻の花園だけではなかった。
オーナーが何店舗か経営しているらしく、デリランドもそのひとつだった。
お仕事をひとつでも多く取るため、人妻の花園以外のお店にも出向くことがあるのだという。
フリーは指名ではないということ。
(大丈夫かな)
不安になりながら、携帯に部屋番号をメモして車は出発した。
ドライバーさんは安田大サーカスのクロちゃんみたいな雰囲気の人で、とても話しやすかった。
初めての私の緊張をほぐそうと、いろいろ話しかけてくれた。
ホテルジュピターはお店から近く、あっという間に着いた。
クロちゃんに「頑張ってくださいね」と送られてジュピターに入ると、私は201号室のドアをノックした。
第3話初めてのお仕事
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