僕はキャバクラを経営していた事がある。
期間は1年位だろうか。
場所は渋谷区内。
最初に「店をやらないか」と持ちかけてきたのは、半グレ(暴力団に所属せずに犯罪を繰り返す集団)の男だった。
元々、僕がレストランバーを経営していたのを知っていて声を掛けてきたのだ。
その男に店の内装を見に行かせてもらうと、僕が理想とするレストランバーとは程遠いものだった。
店内にバーカウンターはあるがスナック風の造作、カラオケとステージまで付いている。
最初は断るつもりでいた。
ところが、その店の内装をそれほど変えずに開業できる業種を思い付いた。
それがキャバクラである。
シルクのスーツを身に纏う男
僕はキャバクラを開業すると決め、賃貸借契約を結ぶ事にした。
だがそのテナントの貸し主は…
ヤクザだった。
あまりいい気持ちはしなかったが、ケツ持ち付きの家賃は思ったほど高くなく、良心的だったので契約を結ぶ事にした。
契約を結ぶに当たって、ヤクザの親分の家に行く事になった。
事務所に行った事はあるが家は初めて、かなり緊張したのを覚えている。
家の中に通されると若い衆がお出迎え。
中に入っても若い衆だらけ。
もう緊張しまくりである。
通された和室で待っていると、親分とおぼしき人物が現れた。
その人はシルクのスーツをビシッと着ていた。
『ヤクザは和装』というイメージを持っていたが、どうやらスーツ派だったようだ。
話し方は優しかったが、僕の経験上、この温和な口調が逆に恐い。
袖口から覗く入れ墨も僕の恐怖感を煽った。
何を話したのか、何を話しかけられたのかはよく覚えていないが、無事に契約は終わった。
投資を取り戻さなければ
まずは内装からだ。
スナック感モロ出しの木目調の壁を、濃いブルーに変えた。
バーカウンターは用を成さないので、ドリンク出し専用カウンターに造作を変更。
そしてボックス席を5席ほど作った。
これなら客は15人ほど入れる。
黒服と裏方は全て1人でやろうと思っていたので、これでハコ(店舗)は十分だ。
次は女の子の調達である。
まずは行き付けのキャバクラから売れっ子を3名ほど引き抜く。
本来、引き抜き行為はご法度なのだが、その店のオーナーとは飲み友達だったので、事情を話して了承してもらった。
そしてアルバイト雑誌に広告を出すも、あまり応募は無かった。
面接の時点で落としたい子もいたが、背に腹は変えられず、採用する事にした。
他のキャバクラでも密かに引き抜いたり、女の子からの紹介などで、何とか開店日までに20人ほどの女の子(キャスト)を確保する事に成功した。
そしてオープン当日。
女の子を外に出して客引きさせ、僕も店頭に立ったおかげで満席にする事が出来た。
勿論、開店記念セールで料金を安く設定した事、新規店というもの珍しさもあっただろう。
その日の営業は無事に終了する事が出来た。
なるべく投資を抑えたとはいえ、賃貸借契約、内装代などを含めて150万近いお金がかかっている。
とにかくそのお金を取り戻さなければと定休日無しで働いた。
家に帰れない日も多々あった。
女の子を送る車があるので、それに一緒に乗っていけばいいのだが、女の子から飲みに誘われたり、相談を受けたりしていると、帰るタイミングを失ってしまうのである。
だがこれも仕方の無い事、キャストなくして店は成り立たない。
『キャストに気分良く働いてもらうことが店のため』
こう考えながら毎日必死に働いた。
アフターに行っても絶対寝るな
キャバクラ経営にて、僕が最も頭を悩ませたのはキャストの扱いである。
僕が決めた付回し(つけまわし。客にどの女の子を付けるかを決めること)への不満や、「あの子には良さげなお客さんを付けてもらえるのに、私は付けてもらえない」などの不満が続出した。
勿論、僕も出来れば平等に付回したいが、やはり良さそうな客は逃したくない。
必然的に売れっ子を付ける事になる。
客に好みのタイプを聞いたりする事もあるが、基本的には僕の勘で付ける。
この勘は大抵当たる。
伊達に過去、キャバクラに通っていたわけではない。
好きだから職業に出来る事もある。
あるキャストからは、「どうしても指名が取れません。どうしたら指名が取れるようになるんですか?」との相談を受けた。
その子は正直、キャバ嬢としての容姿はあまり良い子ではなかった。
だが妙な色気は持っていた。
僕は彼女の長所を活かすべく、もっと胸のはだけたドレス、もしくはパンツが見える位のミニスカートかガーターベルトを履いてくるように言った。
そして接客時には、必ず手を客の膝の上に置き、身体を出来るだけ密着するようにさせた。
更にアフターに誘われたら当たり前のように行き、時には自らアフターに誘うよう指導した。
ただ、「アフターに行っても絶対寝るな」とキツく言っておいた。
男は行為が済めば賢者になる。
寝たら最後、以降は指名が貰えなくなるのは必然。
彼女は僕の言った通りに必死に接客していた。
その内、チラホラと指名が入るようになった。
僕は自分の事のように嬉しかった。
彼女も自分の努力が報われて喜んでいた。
そんなある日、彼女の一番の太客(多額のお金を使う客)が来店した。
週に2回は来てくれる客だ。
ところが、その客が僕に
「今日から指名変えるからフリー扱いでよろしく」
と言ってきたのだ…。
まさか寝たんじゃないだろうね?
僕は耳を疑ったが、聞き直すのも無粋、仕方無く他のキャストを付けた。
僕に相談してきた子は暗い表情を浮かべていた。
だが仕事中に呼び出すわけにもいかず、そのままにしておいた。
そして閉店後、彼女を呼んだ。
「どうした?何か指名変えされるような事があったの?」
彼女は俯いたまま、何も答えなかった。
「まさか寝たんじゃないだろうね?」
すると彼女は泣き出した。
泣きながら、
「だって『付き合って欲しい』って何度も言われてて、何度もお店に通ってくれて…いい人なのかなぁと思って…」
と白状した。
「だから言っただろ!客とは寝るなって!男なんてやれればそれで目標達成して終わりなんだから」
彼女に二度とこういう事はしないようキツく言い聞かせ、その場は帰した。
しかし、その後も他の客が彼女から離れていくのである。
僕は彼女を呼び出して聞いた。
「まさか他の客とも全員寝てるのか?」
「全員じゃないけど…」
彼女から離れていった客の名前を1人ずつ挙げて聞いたところ、殆どの常連客と寝ていたことが発覚した。
押しに弱いタイプとは思っていたが、まさかこれだけの客と寝ていたとは…。
「もっと自分を大切にしな。これからは今までの接客方法は止めてヘルプからもう1回やり直そう。そしてお前に合う接客を2人で見つけよう」
僕は精一杯の言葉で彼女を慰めた。
指導の段階でこの子に最初に手を出したのは僕だけど。
苦渋の決断だった
キャバクラを経営していると、とにかく誘惑だらけである。
例えばキャストが、
「店長~●●の件なんですけど~」
なんて言いながら僕の腕に手を絡ませてくる。
しかもあろう事か、腕に胸までくっ付けてきて話しかけてくる子もいる。
端から見ると、おそらく僕の鼻の下はかなり伸びていたであろう。
その証拠に、下半身は勿論フルオッキしていたのだから。
この誘惑に勝つのが大変だった。
1人に手を出してしまうと、必ずキャストの間で噂が回る。
そうなると『エコヒイキをしてるんじゃないか』と勘繰られる。
多分、人生で一番誘惑に勝った時期だと思う。
それでもやはり、元々はキャバクラ大好き人間。
着飾ったキャストを見ていると、仕事中にも関わらず、欲望が僕の頭の中を渦巻く。
皆に平等に接する振りはしているが、お気に入りの子は何人かいる。
この欲望に勝てる奴が見てみたい。
前の子を含めて3人に手を出した。
これは通称、「枕管理」というもの。
キャストは実に我が儘な子が多い。
「付回しが悪い」
「今日は休みたい」
「時給があの子より低いのは納得出来ない」
毎日、色々なクレームが来る。
だからそれを言わせない、させないために僕はキャストに手を出したのだ。
苦渋の決断だった。
僕は嘘をついた。
ただ単に趣味で好みの女の子に手を出していた。
僕には向かない世界のようだ
何だかんだでキャバクラ経営は楽しかった。
収入も、同年代のサラリーマンの2倍は稼いでいたと思う。
勿論、我が儘なキャスト、酔っぱらいの客を相手にしているんだから、それに見合った収入かと言われれば、そうでもないような気もするが。
それでも、オコボレ的な楽しい事(キャストとぱふぱふ)があったので、オイシイ仕事ではあった。
ただ1つ、僕の頭を悩ます事は除いて。
それはヤクザとの付き合いである。
やれ親分の誕生日会だ、組の結成記念日だと、何かにつけて祝い事や義理事がある。
当然、店子として世話になっている親分に義理は欠けない。
仕方なく出席はするが、まぁ僕は浮く事この上なし。
周りはヤクザか親分の取り巻き(ヨイショ上手)だらけ。
普段の僕はヨイショなど出来るタイプではないので、ご祝儀だけを置き、パーティーでは黙ってポツンと1人で座っていた。
とにかく居心地が悪い。
僕には向かない世界のようだ。
そんな日々が続き、精神衛生上悪いと思い、店を畳む事にした。
親分からは「なんで辞めるんだ」と咎められたが、「実家の仕事を継ぎます」などと適当な理由を付け、辞める事を了承してもらった。
結局その店は、No.1のキャストがママとして引き継ぐ事になった。
勿論、最後にキャストに手を出しまくった事は言うまでもない。
キャストに手を出しまくりでワロタ
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