僕は20~25歳までホストをしていた。
いらっしゃるお客様は実に様々な方々だった。
キャバ嬢、ヘルス嬢、ソープ嬢、自分で事業をされているセレブ、旦那さんが稼いだお金で来るマダム、そして極道の情婦、すなわち極道の女たち。
極道の奥様たちはとにかく羽振りがいい。
毎日のようにホストクラブに通っては20万以上を支払う。
指名者へのチップは10万、ヘルプに付いた僕は1万を貰っていた。
これは20年近く前の物価での話である。
飲みっぷりも豪快で、ブランデーのグラス一気は当たり前。
アイスペール(氷を入れる容器)にヘネシー(ブランデー)1本を丸々入れ、ヘルプに付いたホストに「飲め」と命令する。
しかし、それを飲みきれば3万のチップ。
当時、ホスト業界に入ったばかりで給料が雀の涙ほどだった僕は、お酒が強いのでよく一気飲みをして稼いでいた。
だがいくらお酒が強いと言っても、さすがに丸々1本の一気はキツい。
一気の後はトイレに直行してマーライオン。
そんな極道の女たちを、僕らは「姐さん、姐さん」と親しみを込めて呼んでいた。
姐さん達の旦那さんは、神奈川では有名な稲穂マークの人だった。
姐さん達がホストに通いつめて1年も経った頃だろうか、突然店にヤクザっぽい男が4人ほど雪崩れ込んできた。
木刀を背負わされる
店の中を見渡し、姐さんの席を見つけると一斉に走ってきた。
そして、
「姐さんの指名者の●●はどいつじゃい!」
とがなりたて始めた。
その時、指名者はたまたま別の席に付いていた。
店内は凍ったように静まり返る。
指名者は観念し姐さんの席にやって来た。
「僕が●●です…」
ヤクザ達が一斉に指名者を囲み、
「今から事務所来いやぁ!」
と怒鳴りつける。
指名者は両腕を2人のヤクザにがっちりと抑えられ、引きずられるように店を出て行った。
それからは言うまでもない、ヤクザの事務所で彼は散々な目に遭った。
両手はグローブのように腫れ上がり、顔は倍に膨れ上がり…全て木刀にてやられたそうである。
いわゆる「木刀を背負わせる」というやつである。
その理由は…姐さんに手を出した、要は枕営業をかけたからだ。
ルートは定かではないがバレてしまったようだ。
だが指名者は、手を出した事自体は最後までひたすらに否定したらしい。
なぜ事務所から解放されたのかというと、ホストクラブのケツ持ちのヤクザに頼んで救出してもらったとのこと。
その指名者は復帰するまで1ヶ月かかった。
僕のお客さんにも極道の女がいたし、もちろん枕営業もかけていた。
そんな光景を間近で見ていても枕営業を止めなかった。
お金を沢山使ってくれる太客でもあったが、僕はそのお客さんに好意を持っていたからだ。
貴方の名前は何て言うの?
僕も男。
例えお客さんとは言え、好みのタイプが来れば仕事抜きで口説く事もある。
ある日、5~6人の団体さんが、「ママ」と呼ばれる人が中心になって店に来た。
『どこかのクラブのお店の人達かなぁ』くらいに思っていた。
その中に彼女がいた。
だが僕が座ったのは彼女の真正面、テーブルはわりかし大きいので隣に座ったほうが口説きやすい。
しかしこちらは選ばれる立場、合コンではないので席交代なんて出来ない。
半ば諦めていたが、彼女が突然
「貴方の名前は何て言うの?」
と聞いてきた。
「ケイです」
と満面の笑みで答える僕。
「覚えておくね」
そう言われたっきり、彼女とそれ以上会話する事は無かった。
そしてお会計、玄関まで見送る際に声をかけようとしたが、彼女はあっさりと帰って行った。
久しぶりのタイプの女性だったので、残念な気持ちだけが残った。
次の日、店に電話が入った。
僕宛てだと言うので出てみると、なんと昨日の彼女からだった。
「今からケイ君に会いに行きたいんだけど、いい席空いてます?」
僕は小躍りするのを抑えきれなかった。
左手には受話器、右手でガッツポーズ。
「もちろん、いい席を予約してお待ちしております」
そう言って電話を切った。
1時間ほどしてから、彼女は店にやって来た。
やはり可愛い。
昨日の印象通り、顔立ちは完全に僕のタイプ。
僕は胸のトキメキを隠しきれなくなり、満面の笑顔になっていた。
まさに理想の女性
彼女との会話は弾んだ。
仕事を忘れて彼女との会話に没頭した。
彼女の大きな瞳に吸い込まれるようだった。
彼女の匂い、彼女のキュートな喋り方、全てにおいて僕にとってはパーフェクトだった。
当時の僕は22歳、彼女は30歳だった。
だが年上とは感じさせない可愛らしさを持っていた。
僕はいっぺんに彼女に夢中になった。
その日はヘルプを1人も付けずに彼女と話し込んだ。
それから彼女は、ほぼ毎日のように店に来てくれた。
営業行為は一切かけていない。
毎日7~10万は店にお金を落としていった。
太客でありながら僕のタイプ、まさに理想の女性だった。
彼女とイチャイチャしながらお金が貰えるのである。
昼間もデートするようになった。
彼女は気を使って「ホストを連れ回しているんだから」とスーツや普段着、ゴルフセットなどを毎回買ってくれた。
もちろんデート代は全て彼女持ち。
アフターにも僕から積極的に誘った。
彼女も僕もお酒が大好きなので、よく昼間まで飲んでいた。
そんな彼女のお陰で、僕の店での売り上げは50数人いるホストの内、6位にまで上り詰めた。
そうなると待遇が変わる。
下っ端は19時出勤だが、月間7位までに入ると22時半になる。
給料も格段に上がる。
日給5,000円から歩合制になり、売上の50%が給料となる。
仕事もプライベートも充実していた僕は有頂天だった。
彼女が通い始めて2ヶ月経とうとした時でも、彼女にはまだ手を出していなかった。
本当は早くそういう関係になりたかったが、『お客さんとホスト』という関係が壊れるのを恐れていた。
そして、僕は彼女の事を知らなすぎた。
旦那がヤクザをやっている
通常ホストは、お客様の仕事をお客様自らが言ってこない限り聞かない。
何故なら風俗に勤めていたりすると、その仕事を隠したがるお客さんがいるからだ。
ホストはお客様に気持ち良く飲ませて楽しませるのが仕事。
お客さんの嫌がる事はしないし、聞かない。
僕は彼女の仕事、既婚・未婚などの背景を一切知らなかった。
とは言え、全く知らなかったわけではない。
最初に一緒に来たグループの中で、別の指名者がいる席に着いた時、ソープ嬢だという事は聞いていた。
しかも川崎の高級ソープらしい。
どうりで毎日10万ものお金が使えるわけだ。
そんなある日の昼間、食事をしている時に彼女が話し始めた。
「旦那がいる、しかもヤクザをやっている」
旦那は下っ端のヤクザで彼女のヒモらしい。
「そうなんだ」としか僕には言えなかった。
「でも僕は亜美(仮名)の事が好きだよ。お客さんとホストの関係で始まったけど今は亜美の事を愛してる」
本心だった。
彼女は嬉しそうに笑い、「ありがとう」と言った。
食事を終えて車に乗り、ドライブをしていると
「ホテル行こうっか!」
と亜美が唐突に言ってきた。
僕は面食らったが断る理由も無い。
そのまま昼間からラブホへ入った。
そして亜美と初めて結ばれた。
涙を流しながらのセックス
僕らは貪るように愛し合った。
まるで今までの時間を取り戻すかのように何度も愛し合った。
それからというもの、時間が少しでもあれば、店に入る前のアフターで愛し合った。
『このままこの素敵な時が続けばいいのに』と思っていた。
彼女は相変わらず毎日のように来店してくれた。
ソアラという車も新車で買ってくれた。
カランダッシュというメーカーのライター(20万円)も買ってくれた。
そして彼女と出会ってから、1年が経とうとしていた。
昼間のデート中、彼女は暗い顔をしていた。
僕が「どうしたの?」と聞くと、
「旦那にホスト通いがバレてる。『今までは黙ってホスト通いもストレス発散のためにしょうがないと思っていたが、最近は酷すぎる。ホスト通いを止めないんだったら相手にそれなりの落とし前は付けさせる』って…」
要は、僕に何かしらの制裁を加えるぞという脅しらしい。
「毎日来るのは止めてたまににしたら?」
「一切行くなって言われた」
僕は彼女に「愛してるから、店には来なくてもいいから外で会いたい」と話した。
だが「旦那の監視が厳しくなるからそれも現実的には無理」と言われてしまった。
結局、何を言っても彼女を説得する事は出来なかった。
その日、僕は店を休んで彼女とホテルにいた。
僕たちはギリギリの時間まで何度も愛し合った。
涙を流しながらセックスをしたのはこれが最初で最後である。
こうして、僕と彼女の関係は終わった。
番外編.ガンジャドライブ
水商売には裏社会が付き物、色んな誘惑の1つに違法薬物がある。
その中でもポピュラーなのが大麻(通称ガンジャ)だ。
お客さんにガンジャをやっている人は結構多い。
そういうお客さんからホストがガンジャを買う。
ヤクザのお客さんから買う事もある。
僕もガンジャにハマっていた時期があった。
最初は家の中だけだったが、だんだん慣れてくると勤務中にも吸うようになった。
そんなある日。
その日はガンジャをキメてお酒もガンガン飲んでいた。
自分のお客さんの席だったので、ガンジャを効かせてワイワイやっていた。
そのお客さんが帰ると言うので、店の営業時間中ではあったが家まで車で送る事にした。
お客さんを無事に家まで送り届け、店への帰り道、スラロームしている坂があった。
お酒で泥酔の上、ガンジャがバッチリ決まっている。
そんな僕は、無謀にも下り坂でアクセルを踏んでスピードを上げた。
だが3個目のカーブが曲がりきれず、角の電柱に思いっきり車をぶつけてしまった。
片方の前輪が見事に電柱に食い込み、僕の車は三輪車になってしまった(笑)
頭を酷くぶつけたので唸っていると、誰かが通報したのだろう、パトカーがやって来た。
「お兄さん大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
(ガンジャやってるのバレないようにしなきゃ)
「あれ~?お兄さんお酒飲んでる?」
「はい、飲んでます、スイマセン」
(ここはお酒のせいにしなきゃ)
「ちょっと署まで来てくれるかなぁ」
「はい、行きます(やたら素直に)」
僕は警察署で取り調べを受けたが、ガンジャをやっている事はバレずに済んだ。
ガンジャで目がバッチリキマッていたはずだが、『飲酒』と判断されたようだ。
こうして僕は、買って貰ったばかりで半年も経っていないソアラ、免許取り消しと引き換えに、大麻で逮捕される事は無かった。
合法だろうと非合法だろうと、薬物は絶対にしてはいけない。
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