ライター夕花みう
「あたし、援交してるからさ」
なんてことのない顔で、その可愛らしい友人Aは言った。彼女は相当な美人で、一応モデル事務所に籍を置いているのだから、容姿端麗さはお墨付きだ。モデル業で食べていくことをそれほど本気で志していないとはいえ、案件があればその仕事をこなしていた。
ホ別5万、モデル事務所に所属してます
そんな彼女、事務所の規定で夜系のバイトは一切禁止らしい。
「キャバクラは顔が夜の顔になってくからダメで、風俗なんてもちろんダメ。バレたら事務所クビになる」
とはいえ、モデル業を続けるためにはお金が掛かる。見た目への自己投資はもちろん、洋服や靴だって気を遣わなければならない。周りのモデル仲間とも仲が良いように見えて、つまるところプライドのぶつかり合いだった。
あの子が持っているブランドの服が欲しい。あの子が持っている高級ブランドの靴が欲しい。…つまらない見栄と思われるかもしれないが、それが事務所の現実だったとAは言う。
モデル崩れの女性は、その肩書きを利用して、どこぞの社長を捕まえてしまうのが手っ取り早い。そういった“半愛人生活”をしている同僚も多かったのだが、Aはうまく男性に媚びることが出来なかったという。
「だって、なんか嫌なんだもん。遊びまわってるような人に媚び売ると、いつ捨てられるのかわかんなくなるし」
そんな彼女が選んだのは援助交際だった。肩書きは伏せ、設定を変え、いつも住んでいる場所からは少し離れたホテルに行く。相手をどこで探すのかというと、出会い系サイトだ。
「えっ…そんなん、危なくない?」
「大丈夫大丈夫。なんかそういう書き込みとか多いよ。『今から会えませんか?』みたいな感じのコーナーがあって、大体の相場はホテル別2万」
そんな中、Aが提示している額はホテル代別の5万。かなり高い料金設定だと言えるだろう。
「写メは仲良くなった人としか交換しない。でも、みんな大概納得してくれるよ。たまたま引きが良かっただけかもしれないけどね。まぁ、あんまり一度限りの人ばかりと会うのは怖いから、できるだけ決まった人と会うようにはしてるんだけど」
その日は、そんな話を聞いて彼女と別れた。
わたしだって風俗経験はある。だが、「援助交際」にはどうしても一歩引いてしまうのが現実だった。風俗は辛い。不特定多数の男性を1日中相手にしないといけないし、おとなしく遊んでくれないお客様も多かった。
それを考えてみると、Aがたった2、3時間で5万を稼いで帰るのは、金銭面だけを見れば割の良い話に思える。レイプまがいの事をされたって、店はそれほど助けてくれないのだ。とはいえ、わたしは出会い系サイトを利用して援助交際をする気にはなれなかった。
まさかこんな恋するなんてね。なんか、辛いよ
半年ほど経って、またAと会う機会があった。先日聞いた話が衝撃的だったので、その話題を振ってみる。
「まだ出会い系サイト、使ってるの?」
すると、返ってきた彼女の反応は意外なものだった。
「今は1人しか会ってない。週1で会ってる、その人とは」
「へぇー。でも、週1でも20万だよね?お金持ちなんだね、その人」
「既婚者だけどね」
Aはぽつりぽつりと話し出した。
彼は40歳ぐらい。娘や息子がいて、夫婦仲もそこそこに円満。家族サービスもしっかりして、長い休みのときには旅行に連れて行ってあげたりもするらしい。とはいえ、子供も大きくなってきたので妻との間に男女関係はなく、たまに出会い系サイトを使っているという。
まさか…と思った。Aの言い方が、何だか引っ掛かるのだ。
「もしかしてさ、その人のこと好きでしょ?」
「……うん」
彼女はこくりと頷いた。
「まさか好きになるなんて思ってなかったよ。でも、好きになっちゃってさ…。ただ、向こうは既婚者だし家庭も大切にしてるし、絶対振り向いてもらえないから。だから、なんも言ってない。こじらせたり、会ってくれなくなったら嫌だし」
一度お金を通して会ってしまったが故に、距離を縮められないとAは言う。
彼にとっての優先順位はもちろん家庭だ。だからこそ、出会い系サイトで知り合った「ただの援交相手」を好きになったなんて…とてもじゃないが言えない。
なんだか悲しい気分になった。
彼はAを買っているだけなのだ。いくらキスをしようがセックスをしようが、Aを「女」としてしか見ていない。
面倒くさい事なんて言えない。彼はそういう割り切った関係を楽しみたいだけだから。
「なんで好きになったの?なんか、すっごく意外なんだけど」
「まぁ顔も普通にカッコいいよ。なんでこんな人が出会い系なんて…って思ったもん」
「ナイショだよ」と写真も見せてもらった。なるほど、出会い系のイメージとは程遠い、爽やかな感じの男性とAが笑顔で写っている。
だが、その気持ちは向こうも同じだったらしい。
「なんか、彼、美人が好きなんだって。誰も声かけられないぐらいの美人が好きで、一生懸命アプローチして今まで付き合ってきたんだって」
本当に意外に思われるかもしれないが、わたしの周りでも超ド級の美人はモテない。
確かに、大人数だとチヤホヤはしてもらえる。だが、お金が掛かりそうだとか、ワガママそうだとか、そんな理由で、なかなかステディな(定まった)恋人を作れない女性が多かった。
それよりも、少し崩れた愛嬌があるような女性の方が親しみやすいのか、すぐに彼氏ができている。むしろ、美人はずっと前の恋人を引きずっていたり、叶わない恋をしている事が多かった。
「美人ってかわいそうだよね、色んな人が寄って来るから大変だし。性格だって、悪くない子が多いのにね」
Aはその言葉に救われたらしい。
そして、だんだんと気持ちは高まっていくが、『本当は普通の恋人になりたい』という気持ちを押し殺して会っているとの事。
毎回5万円をくれるが、それ故に恋人にはなれない。でも、その5万円なくして彼女たちの間に会う理由はないのだ。
「まさかこんな恋するなんてね。なんか、辛いよ」
そう言って、彼女はタバコに火を点けた。
最後に
きっとAは報われない恋だと分かっている。でも、やめられない。
『そんな恋もあるんだなぁ…』と深く考えさせられた話だった。
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