
ほとんどの場合、男性はセックスをすることが目的であり、それを達成してこそ様々な欲が満たされる。
その一方で女性はと言うと、セックスは目的ではなく通過点に過ぎない。
「子供が欲しいから」「相手の愛情が欲しいから」「お金が欲しいから」
このように、様々な対価を得ることを目的とするのではないだろうか。
「女性にも男性並みの性欲があり、楽しむためにセックスをする女性もいるのでは?」
そんな声が聞こえてくる気もする。
確かに、性依存症になってしまい、セックスをすることで心が落ち着く女性もいる。
だがそれは一部の人だけであり、ほとんどの女性はそうではない。
これは男性の身勝手な妄想であって、現実にはそんなに甘い話はないのだ。
そのため、『何か対価を求められている』と考えたほうが十分に納得できる。
セックスにおいて、女性は男性よりも遥かにリスクが大きい。
もし男性のように、女性にも強力な性欲があれば、少子化問題は発生しない。
それどころか、人口が増えすぎて飢餓的状況下に陥ってしまうだろう。
男女においては、考え方の違いによって、色々なことでいざこざが起きる。
相手に様々な不快感を与えてしまうこともよくある。
そのため、ある程度の範囲では妥協することも必要だろう。
しかし、このいざこざが恋愛において、ときめきを与えて刺激的にもなり、さらに愛が深まることもある。
女性がセックスにおいて対価を求めるのは、本能ではないだろうか?
よく考えてみれば、これはごく当たり前のことだ。
女性は、セックスをすることでリスクが発生する。
それに対して男性は、何らかの代償を支払う必要があるのだ。
代償とは、言葉であったり、愛情であったり、お金の場合もあるだろう。
あなたの環境や状況、そして女性によっても違ってくる。
よく安易にセフレを募集している男性がいるが、彼らは女性にどんな代償を払えるのだろうか?
「セックスで満足させてあげられる」
勘違いも甚だしい。
全く見知らぬ男性のメールの一文で、そんな物を女性が欲しているはずがないのだ。
「優しさで癒してあげられる」
女性からすれば、逆に恐怖を覚えるだろう。
これがリアルの出会いであり、男性にそれなりの価値があれば、女性が先行投資することもある。
出会い系サイトを始めとするネット上のバーチャルな空間では、全く知らない相手に先行投資することは有り得ない。
そもそも、『女性も男性同様に性行為を求めている』と勘違いしている男性が多すぎると感じる。
女性に対しては、セックスには+αが必要である。
その「+α」が対価であり、「責任」でもあるのだ。
何度もメールをしたり会ったりして、あなたの優しさや安心感などが、対価として足ることもあるだろう。
だが、女性の求める対価を理解せず、自己中な理屈でセックスをすることは、ヤリ逃げと同じではないだろうか?
出会い系の掲示板や伝言板などで、安易にセフレを募集する男性は、恥ずべき行為ではないだろうか?
少し冷静に考えてみてほしい。
女性が求める対価を見極めて、あなたに与えることができれば、それがベストである。
お金を対価として要求している女性を非難する男性のほとんどが、俺の言う「ヤリ逃げ野郎」に等しい。
もちろん、中には真剣な交際を考えている人もいる。
そこのあなたはどうだろうか?
対価として女性の要求するお金を支払う男性と、ただヤリたいだけでお金はもちろん、他の代償を払う覚悟を持ち合わせない男性がいたとしよう。
彼らは、どちらが善でどちらが悪なのだろうか?
さらに代償も覚悟も考えていない上に、体を売る女性を誹謗中傷する口だけの男性は、一体どちらに当てはまるのだろうか?
物理的な対価以外は、ある程度の時間と信頼がないと見抜くことは難しい。
それは、時間と共に新たに生まれる場合もある。
それに対して、責任が取れると言うのもまた重要だ。
物理的な要求の場合は、責任をある程度は負う覚悟があるということ。
「今すぐヤリたい」という相手を探すなら、風俗に行くか援交娘を探せばいい話。
しかし、あなたの努力次第では「好きだよ」の言葉だけでも対価になり得るのだ。
それは嘘であっても、時間の経過によって、嘘だとしても相手が望むこともあるだろう。
騙されているのは承知の上でも…だ。
なんてことは、男女共に大人なら誰しもが経験すること。
「時間をかける」「信頼を得る」
これらのことを踏まえれば、より出会いのチャンスも広がっていく。
あなたがセックスをしたいと思うのなら、その女性への対価は持ち合わせているだろうか?
今一度、よく考えてみて欲しい。
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